2012年6月13日水曜日

絵以外の筆記具の傾向について

使用していたノートが終わったのでノートを新調してみました。
ペンもベージュ


結局悩みに悩んでこの形…
A5かB6くらいの、大学ノートより小さくメモ帳より大きい
ハードカバーというよりはソフトカバーの
オシャレも色気も無いペンとノート。


そりゃ私だって
世間の波に乗ってかっこよさげなものもいくつか買ってみました。
頑張って見返すのが楽しくなるようなノートに!と
ドキドキしながら使ってみましたが…

買って満足した型押しのノート。何を描いていいのか途方に暮れる。
まさかこれに私の殴り書きを書く気も起きず…


そんなわけで挫折。
なにが足かせになったかって自分なりに考えると

オシャレに使わなくてはいけない
という重い妄想の十字架を
勝手に背負ってその重さに耐え切れず自爆

そんな気がします。

私は無理だったあー。
私にとってのノートとは
備忘録でありラクガキ帳であってそれだけなのね…


ブログをはじめてから取材的なことをするべく
素人なりにお話を一生懸命メモったりするのに
ノートや手帳は必需品なんですが
一年余りやってきて、わかったことは

ノートは軽く、ある程度大きく
でも大きすぎても持て余すしバッグに入らないのでB6orA5!
ボールペンは国産!描き殴りやすさ、スベリ命!
そしてどちらも軽量であること!

それじゃなくても女のバッグはカメラやら化粧品やら財布で
修行中かってな重さな訳で。

今は
いかにスマートにカバンからカメラを出すかが課題。
ついマゴつきがちなこの動作。
『いでよ!!』
とかいったら、手のひらに出てきたら楽なのに。
…はずかしいわね。


ノートの話に戻すと
私はインタビューなどをメモると凄い量になるので(覚えられないから必死)
しかも結構書き殴るので

そして線を無視するクセもある


小さいメモ帳の大きさだと、足りなくてストレスだし
やや大きいサイズにするとノートを広げたとき
話の流れや全体感も把握できる気がして。

そんなこんなで試行錯誤、紆余曲折ありまして
今の地味シンプルな帳面愛用となったわけです。

オシャレなノートやアイフォン駆使して
スマートに活用してる人を見かけると
本当に羨ましくていいなーー私も真似したいなー
などと思うのですが
何故出来ないのか

賢い人のノートは美しいといいますが
頭の中を整理するのが上手すなわち賢いのでしょうねー。
私なんて、怪しい漢字を無理やりソレっぽくいている時があります。
自分さえ誤魔化してる…


2012年6月3日日曜日

旬の花



週末は旦那さんの誕生日を祝って
外出先の庭に目が釘付け。

特に公園というわけでもない、小さな花の咲き乱れる庭。

花屋のゴージャスな切花のディスプレイやアレンジもウットリするけれど
青空のもと根を張って咲き誇る美しさにも
力強さと旬な美しさ儚さを感じて

『旬』という漢字が10日間を表すように、
この貴重な季節感を満喫できた充実感で満たされます。
たわわというか、なんなんだろうこのリッチな光景。
贅沢でウットリする。

というのも、私はアスファルトより土の方が馴染みある田舎育ち。
路傍の花の方が身近。

小さい頃は通学路の琵琶や柿を取って食べたり(今は出来ませんが)
家の前は栗畑なので、信じられないような
プリッぷりのどでかい栗拾い放題(今は出来ませんが) で
食べ過ぎて今では栗が苦手です。

浜離宮や桂離宮などの大規模な
究極に手のかかった見事な庭も大好きですが
野山に群生する藤や桜も大好き。
豊かな緑に美しく咲く野生の藤が目に飛び込んでくる。


とはいえ

究極に美しく手入れされた足利フラワーパークの藤は
問答無用に圧巻の美しさで
息を呑むほど。

海外の庭も、時間とお金があったら、思いっきり見てみたい。
宮殿の美しく刈り込まれたグリーンなんて一生に一度は

心行くまで観察したい!!!


10年以上前に訪れて以来
毎年梅雨の頃にどうも行きたくて仕方なくなる苔寺。

気の遠くなるような手間と時間を感じる特別な場所。
色んな美があるんだなと思い、
美の基準を決める事など所詮人間の決めた小さいことでしかなくて

自然というのは
そんなこんなを全て包んでくれるような
大きな存在なんだな、と感じます。

日本人は古より自然を崇拝し、神が宿ると考えてきたけれど
それもまた自然。

守っていかなければいけないものですねー。


これは去年の庭先に咲いてた芍薬。
あの固い蕾にこんな量の花びらが詰まってると思うと
神秘的でたまらないですよねー^^